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門西家住宅 [有形文化財]

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山梨県南巨摩群身延町下部:古くから湯治場として栄え、武田信玄公が戦の傷を


ここの湯で癒やしたと伝えられていることから、信玄公の隠し湯として


名湯100選にも選ばれ、古くから知られている[下部温泉]より更に


下部川沿いを車で10分程登った処、石畳を挟んで建つ山村が[湯の奥]集落です。



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湯之奥金山は戦国時代から採掘が盛んで、山中に鉱山関係者が集住していましたが、


やがて資源の枯渇により金山は衰退し、元禄年間に閉山となり大集落は廃絶。


門西家は江戸時代を通して、湯の奥金山や山林を管理する他に、関守や名主役を


勤めた由緒ある家柄であり、湯之奥村は門西家を中心に形成された集落です。


大きな茅葺き屋根の住宅は、国の重要文化財に指定されています。



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集落の最奥部に静かに鎮座する[湯の奥山神社]は、苔生した参道脇の


ウラジロガシ群生からみて、古くから信仰されていた神社のようです。



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旧松本家住宅(竹の丸) [有形文化財]

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 静岡県掛川市掛川、明治36年(1903年)代々掛川城下の中町で葛布問屋[松屋]を
 
営んでいた松本家(当主:義一郎氏)が、竹の丸に本宅を建造しました。
 
 
[竹の丸]は、豊臣秀吉により掛川城主に任命された[山内一豊]によりそれまでの
 
掛川城を拡張するため付け加えられた郭(くるわ)と共に造成されました。
 
 
松本家は、寛政元年(1789年)から掛川藩に金子を用立てていた記録があり、
 
19世紀に入ると、藩の御用達を命じられました。
 
 
 
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 離れ2階にある貴賓室の欄間には、花鳥のステンドグラスが嵌めこまれており
 
室外には、鉄製のベランダが設けられています。
 
主屋と離れが近代豪商住宅の様相を今に伝える貴重な建造物として
 
平成17年2月28日に、国登録有形文化財に登録されました。
 
 
昭和11年(1936年)に松本家が東京に転居するにあたり、竹の丸邸宅は  
 
当時の掛川町に寄贈されました。
 
 
 
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