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旧新井家住宅 [宿場町]

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長野県上伊那郡宮田村、伊那街道で唯一江戸時代の姿のまま残された本陣。


伊那街道の始まりは、文禄2年(1593年)関ヶ原の戦いの7年前、


豊臣秀吉により飯田の地を治めるよう命じられた[京極高知(たかとも)]が、


道路整備に着手してからと言われ、一定の間隔で宿場を置きました。



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飯田から6番目になる宮田宿は、伊那街道の中でも重要な宿場でした。


この建物は宿場町のほぼ中央にあったものを移築復元しました。



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白須賀宿 [宿場町]

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 静岡県湖西市古見・・・・江戸日本橋から70里22町(約275km)の距離にある、
 
東海道53次の32番目にあたる宿場[白須賀(しらすか)]。
 
元の白須賀宿は坂の下に有ったのですが、宝永4年(1707年)の地震による
 
津波により、大多数の家屋が流されてしまった為、翌年坂上に移されました。
 
 
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 平坦だった東海道はここから一気に急勾配の[潮見坂]、登り切った所にある真新しい建物の
 
[おんやど白須賀]は、白須賀宿の歴史や文化に関する情報発信の拠点として活用されています。
 
 
 
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 頻繁に利用する国道1号線[浜名バイパス]、通行する度にきになっていた大橋下・・・・・・
 
 
 
淡水湖だった湖が室町時代の明応7年(1498年)8月に起きた大地震の高潮により砂州が決壊し、
 
遠州灘と通じ汽水湖となる。決壊した所は今切(いまぎれ)と呼び、浜名湖と太平洋を繋いでいます。
 
 
 
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中山道 妻籠宿 [宿場町]

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 江戸と京の都を結ぶ中山道は、山深い木曽路を通っていることから木曽路街道と呼ばれた。
 
 中山道69次のうち、江戸日本橋から数えて42番目となる[妻籠宿(つまご)]は中山道と
 
伊那街道が交わる交通の要として、古くから栄えていました。
 
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 妻籠宿は全国で初めての、集落町並み保存に着手し、昭和43年より寺下の町並みを中心に
 
復元保存工事を始め、江戸時代の面影を残す事が出来ました。
 
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 江戸時代の初めに制定された宿場は、一種の城塞の役割を持たされて整備され、宿場の出入り口には
 
必ず街道を2度直角に曲げる枡形が設けられ、外敵が侵入しにくい様に造られていた。
 
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赤沢宿 [宿場町]

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北部と西部を南アルプス、東部を櫛形山系、南部を身延山地に囲まれた山間地域のほぼ中央を
 
町名の由来となった、富士川の支流早川が貫流しています。
 
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南アルプスの麓、硯で有名な雨畑地区にある落差55mの見神(けんじん)の滝
 
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山梨県内で最も西にある南巨摩郡早川町、七面山に源をもつ早川の支流である春木川沿いの
 
標高500m~600mにかけての急斜面に集落がある赤沢宿。
 
身延山と七面山を結ぶ巡礼道の途中に、今も江戸時代の面影を残す講中宿です。
 
1993年に重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
 
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中山道・馬籠宿 [宿場町]

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岐阜中津川市馬籠の[馬籠宿]は、中山道の日本橋から数えて43番目の宿場、

木曽11宿では一番南の宿場で標高約600mに位置し、宿場の長さは約600m、

石畳の敷かれた坂道沿いに400年の古き良き面影を今も残しています。

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小説夜明け前]で知られる文豪[島崎藤村]の故郷でもあり

大自然に抱かれた宿場町です。

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馬籠峠を越えた信州側の妻籠宿まで約8kmの石畳は、絶好のハイキングコース

として有名で、終日たくさんのハイカーで賑わっています。

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この日、展望台から見えた恵那山は、頭にうっすらと冠雪していました。

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中山道・奈良井宿 [宿場町]

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長野県塩尻市奈良井は戦国時代武田氏の定めた宿駅となっており、

集落の成立はそれよりさらに古くからと考えられます。

慶長7年(1602)江戸幕府によって伝馬制度が設けられて中山道

67宿が定められ、奈良井宿もその宿場の1つとなりました。

奈良井宿は中山道最大の難所といわれた鳥居峠をひかえ、峠越えに

そなえて宿泊する旅人が多く、[奈良井千軒]とよばれ旅籠の軒灯、千本格子

など江戸時代の面影を色濃く残した町並みが形成されています。

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奈良井川沿い約1kmにわたる中山道69次の34番目(江戸から数えて)

の宿場町で木曽路11宿の中で一番標高の高い位置にあります。

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奈良井宿内には6箇所の水場があり水の豊富な事が伺え、飲料や

洗い物だけではなく建物が密集している中、火災の延焼防止になっている。

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当時の街道の面影を知ることができる古道と杉の巨木

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舞阪宿 脇本陣 [宿場町]

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浜松市西区舞阪町の[舞阪宿]は江戸から30番目の東海道の宿場で

東西交通を結ぶ[今切渡し]の渡船場でした。

天保9年(1838)建築とされる脇本陣[茗荷屋]は平常は旅篭屋ですが

大名の供が多いときには本陣を補いました。

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唐破風柿葺屋根(からはふ こけらぶきやね)は江戸時代

本陣と名の付くものだけに許された屋根付き玄関

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[上段の間]は位の高い人が宿泊されるとき使う部屋で畳が重ねあわされており

縁の下から槍で突かれても致命傷にならない構造になっています。

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江戸幕府が慶長9年(1604)に東海道等の街道に松や杉を植えさせた

時から現在まで続く松並木と舞阪宿北雁木(がんげ)常夜燈

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三州足助 [宿場町]

愛知県豊田市の東側に位置する足助町(あすけ)は、紅葉で有名な[香嵐渓]の所在

する町で、その昔三河から伊那谷を通り信州へ至る道は伊那街道と呼ばれ

その宿場町として栄えた[足助宿]

当時の面影を残し古い家並みの残る町[足助]

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新年を迎えようとする町並みと黒い板壁と白の漆喰が美しい[マリリン小路]

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足助の町並みから徒歩で10分位の所に[三州足助屋敷]があり

民具を実際に使用し、中山間部の農家の生活を

再現している生きた民族資料館として広く知られている。

あいにく訪問日が木曜日だったため残念なことに休館、

営業日に再度来館し見学することとした。

  

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足助八幡宮は境内に[わらじ]の像が置かれ、その昔[足を助ける神]として

信仰されていた。室町時代の特色をよく表している本殿の創建は

白鳳2年(673年)と伝えられており1466年に再建

桧皮葺き(ひわだぶき)の屋根で三間社流造(さんげんしゃながれづくり)

は国の重要文化財に指定されている。

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足助町花[さざんか]の見事な巨木

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妻籠宿 [宿場町]

長野木曽郡南木曽町妻籠宿(つまごじゅく)は木曽谷の南端、蘭(あららぎ)川

の東岸に位置し中山道42番目の宿場(中山道は69次)で

木曽路十一宿の中でもとりわけ江戸時代の

面影を色濃く残している宿場

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明応9年(1500)、悟渓   

尚により開山されたという瑠璃山光徳寺

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島崎藤村の母の生家妻籠宿本陣脇本陣奧谷

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素朴な民芸品

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