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葦毛湿原 [湧水・清水]

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[葦毛湿原]は、愛知県豊橋市東部にある弓張山地山麓の、標高60~70mの


緩やかな斜面に広がる湿原で、チャートと泥質岩から出来ている表面を、山中の


滞水層から、徐々に水が流れ出し原野を潤す湧水湿地です。



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約5ヘクタールの湿地には、東海地方固有の植物や約250種の湿生植物が自生し、


2013年から始めた大規模植生回復作業により、地上絶滅した植物を地下に


残っていた埋土種子から、数種の植物を発芽させ復活させました。



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生憎めぼしい花も咲いておらず、少し足を伸ばしてTV中継所迄ハイキング・・・・



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小堀谷鍾乳洞 [地域]

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静岡浜松市天竜区青谷: 気晴らしに、清流で知られる阿多古川方面へドライブ


大河ドラマ[おんな城主直虎]の第1話で、竜宮小僧を探しているシーンに


使われたという(実は私は観ていない)[小堀谷鍾乳洞]を目指し登坂。



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別名を[青谷鍾乳洞]とも呼ばれている鍾乳洞の入り口には、内部の照明


見学者自らがスイッチ・オン、半信半疑でスイッチを入れると見事に点灯。


奥行きが50mほどの貫通型の石灰洞は、昭和54年7月23日の試掘から


奈良時代末期の遺跡であることが明らかになったとの事、今はコウモリの棲家。

 

 


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※不覚にも機材を持参していなくて、上手く撮れませんでしたm(__)m






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寄り道 [地域]

お詫び


夏バテ?かどうか、少々体調が思わしくなく、先月撮影の途中に立ち寄り


撮った写真の記事を載せますが、どうかあしからず・・・・



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愛知県新城市作手善夫バンバ平:地元の元気で明るい御婦人達が、懐かしい


田舎料理の[へぼ(蜂の子)ご飯]や[えんまん餅]で迎えてくれる涼風の里。


茅葺き屋根の施設には、有機野菜の直売所も有り癒されること間違い無し!



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長野県下伊那郡根羽村横旗: 武田信玄は野田城(愛知県新城市)攻略の後に、


鳳来寺にて肺肝の療養をしていましたが、病状が芳しくなく田口・津具を経て甲斐国へ


引き返す途中の、元亀4年(1573)4月12日53歳にてここにおいて他界。


信玄塚はここより50m下方に有りますが、宝暦年間(1751~1764)の頃


横旗・中野・砦の3部落の人々により、武田神社としてここに祀りました。



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長野県下伊那郡阿智村御伍和:  亜矢の回り舞台は、安政5年(1857)に


造られた芝居の舞台で、間口9間・奥行き6間(16.4m✕10.9m)の


入り母屋造りの木造2階建て瓦葺きの、堂々とした立派な建物です。


明治7年から25までまでの間、学校として使用されていました。



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回り舞台の隣に鎮座する亜矢八幡社は、周辺の人々と密接な関係が有り、村人は


伝統芸能を奉納し、拝殿にてお神酒と神餅を頂くことが許されているそうです。



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門西家住宅 [有形文化財]

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山梨県南巨摩群身延町下部:古くから湯治場として栄え、武田信玄公が戦の傷を


ここの湯で癒やしたと伝えられていることから、信玄公の隠し湯として


名湯100選にも選ばれ、古くから知られている[下部温泉]より更に


下部川沿いを車で10分程登った処、石畳を挟んで建つ山村が[湯の奥]集落です。



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湯之奥金山は戦国時代から採掘が盛んで、山中に鉱山関係者が集住していましたが、


やがて資源の枯渇により金山は衰退し、元禄年間に閉山となり大集落は廃絶。


門西家は江戸時代を通して、湯の奥金山や山林を管理する他に、関守や名主役を


勤めた由緒ある家柄であり、湯之奥村は門西家を中心に形成された集落です。


大きな茅葺き屋根の住宅は、国の重要文化財に指定されています。



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集落の最奥部に静かに鎮座する[湯の奥山神社]は、苔生した参道脇の


ウラジロガシ群生からみて、古くから信仰されていた神社のようです。



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